<著作からの抜書き>

【地震火災被害の低減に向けて】

はじめに
 東海地震や南海地震さらには首都直下地震など、巨大地震の発生が危惧されている。こうした巨大地震が発生した時には、大規模な火災の発生と深刻な火災の被害が免れない。さて、この火災被害の軽減をはかるためには、地震に備えての消防設備の強化と消火体制の整備が欠かせない。ここでは、地震火災の危険性を再確認するとともに、被害軽減のための消防対策のあり方を考えてみることにしたい。

巨大地震と火災被害
 消防対策のあり方を論じる前に、南海地震や首都直下地震が発生した時に、どのような火災被害が発生するかについて、検討しておこう。この地震火災の危険性では、昔ながらの危険としての密集地の市街地大火、新しい危険としての高層建築物火災や危険物施設火災が考えられる。
 市街地大火では、関東大震災当時と比較して消防力が強化され、また建築の不燃化も進んでいるので、関東大震災のような膨大な火災被害は起きないのではないかという、見解がある。しかし、わが国の市街地の現状をみると、関東大震災の時以上に危険な密集地の連担が進んでおり、火災拡大と広域避難のシミュレーションをして被害予測をすると、関東大震災と同じがそれ以上の火災被害の発生することが見込まれる。首都直下地震での最悪の場合は、何十万棟の焼失、何万人もの焼死が避けられない。
 それに加えて、新しい火災危険も見逃せない。その1つは、コンビナートの石油タンクなどの危険物施設が長周期地震波や津波によって破壊され、危険物の流出や拡散が広範に起きる、というものである。他の1つは、超高層ビルや地下街などの近代的な施設で発生した火災によって、多くの人々が逃げおくれ焼死する、というものである。これらの新しい火災危険性は、いずれも施設や構造あるいは設備の耐震化が遅れていることが遠因となっている。

高層ビル火災の危険性
 新しい火災危険のうち高層ビル火災については、消防設備や防火設備の耐震性の問題と密接に関わっているので、少し詳しく言及しておきたい。14年前の阪神・淡路大震災では、この高層ビル火災の危険を予見させる重大な事実がいくつか発生している。
 第1は、火災による損傷を受けた建物の割合が低層よりも中高層で高く、高層の建物あるいは耐火造の建物が火炎に包まれる可能性が高いことである。第2は、スプリンクラーや防火扉などの火災の拡大を防ぐための装備の地震による損傷が著しく、地震時には消防設備等による延焼拡大防止を期待することができないことである。
 後者の消防設備等の損傷ということについて、さらに詳しく阪神・淡路大震災の結果を述べておきたい。全体として、スプリンクラーの4割、防火扉の3割が損傷していた。21階以上の建物に限ってみると、スプリンクラーでは9割、防火扉では6割の損傷率であり、高層ほど揺れが激しいためか、消防設備や防火設備が機能しない状況が確認されている。
 この2つの事実を重ね合わせると、地震時においては高層ビルでは火災が発生しやすく、万一発生すると火炎に包まれる危険性が高い、ということになる。事実、阪神・淡路大震災では、高層ビルの火災で全館が延焼した事例や炎上火災で焼死者がでた事例が少なからず確認されている。防火区画壁が損傷して長時間の炎上火災がもたらされ、構造的にも致命的なダメージを受けた建物も少なくない。
 ということで、次の首都直下地震などでは、高層ビル火災によってビルが倒壊する、あるいは多数の死者がでることが避けられない、といっても過言ではない。

地震火災に対する対策
 ところで問題なのは、こうした地震火災の危険性について必ずしも有効な対策がとられていない、ということである。市街地大火については、耐震防火水槽などの整備がはかられてはいるものの、まだまだ市民のバケツリレー頼みという状況にある。高層ビル火災についても、自衛消防組織の整備がはかられてはいるものの、防火設備や消防設備の耐震義務化は放置されている。地震時の通電火災についても、いまだ有効な対策が打ちだされていない。これだけ科学技術が進んだ時代においても、地震火災に対しては無力であることに歯がゆさをおぼえる。といって嘆いていても仕方がないので、最低これだけはという3つの対策を提示しておきたい。
 その第1は、地震時の火災危険の高い密集市街地と超高層建築物については、感震ブレーカーあるいは地震速報連動ブレーカーの設置を積極的にはかることである。都市全体にこうしたブレーカーを設置することについては、電気の暴走を引き起こすということで忌避されてきたが、重点地域に限っての設置はとくに問題ないと考える。もし、それも駄目ということであるなら、出火につながる電気系統だけをシャットダウンンする選別方式のブレーカーの開発と普及をはかることを、提唱したい。
 その第2は、消火に最も重要なスプリンクラーと防火に最も重要な防火扉の耐震義務化をはかることである。長周期地震動等によって相当大きな変位が予想されているが、免震あるいは制震対策と組み合わせて、フレキシブルジョイントなどの措置を講じれば、その損傷を防ぐことは決して難しくも、また高価でもない。法的に義務づけることが困難というのであれば、耐震防火マークの創設あるいは地震保険との連動を考えて、その普及をはかってほしい。
 その第3は、市民レベルの消火能力の向上である。常備の消防が来なくても消防団と市民の連携で消火できる体制の構築をはかることである。そのためには、まず組織的面では、消防団の増強をはかることや自衛消防隊の強化をはかることである。その次に、装備面では、簡便で安価な可搬式ポンブの普及や消火効率の高い市民消火設備の開発をはかることである。

おわりに
 首都直下などの巨大地震時には、火災によって何千人あるいは何万人という尊い生命が奪われる。その生命を守るための科学的で実効的な対策の開発と推進が、今ほど急がれる時はない。消防設備や消防対策にかけられている期待に、私たちは応えなければならない。

VOICE より

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