<著作からの抜書き>

【「減災の正四面体」と専門家】

 私の敬愛する防災研究者の一人に、北大名誉教授の岡田弘さんがいる。北海道の有珠火山の観測所長をしていた、わが国を代表する火山物理学者である。2000年の有珠山噴火の際に、的確な情報提供で住民の事前避難を成功裏に導いたことは、良く知られている。犠牲を未然に防ぐことができたのは、岡田さんのいうことなら間違いないと、住民が避難指示に素直に従ったためである。岡田さんは、「有珠山のホームドクター」と呼ばれている。日常時から、積極的に住民とのコミュニケーションに心がけ、とりわけ子供たちへの防災教育に心血を注いできた結果が、「赤ひげ先生」ならぬ「ホームドクター」と言わしめているのである。
 ところでこの岡田さんが提起した有名な言葉に「減災の正四面体」というのがある。市民、行政、専門家、メディアが、正四面体のようにしっかりとスクラムを組んで、被害の軽減にあたる必要性を述べたものである。専門家が象牙の塔に閉じこもるのではなく、メディアと一緒になって市民と向き合わねばならない、というメッセージでもある。先日、このメッセージに後押しされて、「日本災害復興学会」という新しい学会が生まれた。この学会には、行政やメディアの関係者に加えて、多数の市民が参画することになった。まさに、被害軽減の正四面体ネットワークが生まれた、といってよい。専門家が無力であったという大震災の反省が、こうした形で結実したことを、今は素直に喜んでいる。
 この学会の創立を機に、私は岡田さんの教えに従って、「コミュニケーションによるコミュニティ支援」という取り組みをしようと考えている。「被災地のホームドクター」と呼んでいただけるかどうかは別として。

神戸新聞<随想>より

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