<著作からの抜書き>

【歴史的文化財の防災】

 今月の十日、韓国の国宝第1号であったソウルの南大門が、心ない市民の放火により焼失した。ソウル市民の悲しみが、テレビの画面を通してひしひしと伝わってきた。
 ところで、この韓国の南大門の火災を対岸の火事として見てはならない。わが国の文化財も、災害に対する脆弱性を抱えているからである。折しもつい先日、わが国の中央防災会議が、大規模地震時における文化財の被害予測を公表した。それによると、貴重な文化財が、直下型地震によって壊滅的な被害を受けるという。
 となれば、わが国でも文化財の防災対策の強化を、ということになる。がしかし、文化財の防災というのは簡単なものではない。確かに、今回の被害想定という警鐘によって、国宝や文化財の耐震化が曲がりなりには進むかもしれない。ただそれで、文化財の脆弱性が解決されるとは、とても思えない。
 言うまでもないことだが、地域の文化風土や市民の文化意識の上に、歴史的文化財はその輝きを保っている。となれば、文化意識や歴史環境と一体的に捉えて、その防災性の向上を図ることが求められるのである。つまり、国宝の建造物だけを守ろうとするのではなく、周辺の市街地も一緒に守ろうとする発想が、不可欠ということになる。というのも、周辺の街並みが激しく炎上するとなると、その中にある文化財も、焼失を免れないからである。
 それに加え、たとえ文化財が被害を免れたとしても、文化財の存立基盤としての周囲の歴史景観や市民の生活文化が失われてしまっては、元も子もない。文化財防災においては、市民生活との共存をはかるという、基本姿勢を忘れないようにしたいと思う。

神戸新聞<随想>より

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