<著作からの抜書き>

【犠牲を生まない挑戦を今すぐ】

 兵庫県井戸知事の「関東大震災が起きればチャンスになる」との発言が物議をかもした。その発言内容が、他人の不幸を踏み台にして私服を肥やすようなニュアンスで捉えられたためである。ところでこの物議というか騒動は、知事自身の発言撤回であっけなく終焉してしまった。ところで私は、この発言の背景にある重要な問題をしっかり論議することなく、言葉尻を捉えた形での表層的な議論で終わってしまったことに、物足りなさを感じている。

転機論の落とし穴
 知事の発言は、たしかに言葉の選び方が適切ではなかった。ただ、内容は被災体験を踏まえての真摯な政策提言であったと思う。その被災体験というのは、大災害時にはその時の社会の持つ歪みが噴出する、また災害後の復興ではその歪の解消をはかることが欠かせない、という阪神・淡路大震災の教訓である。つまり、大災害後の復興では、単に現状に復するのではなく未来に挑戦しようとする、創造性や変革性が求められるという教訓である。この大震災の教訓に学ぶならば、次の関東大震災においては、社会の歪みとしての東京一極集中の問題点にメスをいれ、その改善をはかることは避けられないということになる。 知事の発言をめぐる騒動のなかで議論すべきことは、関東大震災時に被災救援と社会変革を目指していかなる挑戦をすべきか、ということであった。そのあり方を、災害を受けてから検討していては間に合わないというのも大震災の教訓で、事前に救援や復興のあり方をしっかり議論し予め準備しておかなければならない。その議論の素材として、知事の発言は一石を投じたものである。そこでの、二眼レフ的国土構造を目指しての関西経済の復権の提案は、そのリアリティも含めて是非を議論しておくべきものと思う。
 この災害を転機として社会変革を目指すという災害転機論は、武道で言う「後の先」に通じる。災害は不幸な出来事だが、それに屈することなく、その機をとらえて、未来に向けての挑戦しなければならない。そのためには、イメージトレーニングというか、状況に応じた復興プランを事前に描いておくことが欠かせない。ところで東京都知事は、兵庫県知事の発言を「大人気ない」といって批判したが、この災害転機論の立場に立って「事前復興計画」という将来計画を策定しているのが、ほかでもない東京都である。私は、県知事の発言も東京都の取り組みも、災害後の変革を目指している点で共通していると考えている。 この事前に復興のあり方を検討するという災害転機論にも大きな落とし穴を持っている。それは、災害待機論あるいは災害待望論に落ちる危険性を孕んでいる、ということである。東京都の事前復興計画は万一に備えた復興計画を事前に策定しておいて、災害が起きた後でその計画を実施に移して速やかな復興を成し遂げようとするものである。がしかし、こうした事前計画が実現するのは、大震災で都市が壊滅した時である。多くの犠牲を前提としてこの計画が成り立っていることを、忘れてならない。先の兵庫県知事の発言が多くの国民に不快感を与えたとしたら、この多くの犠牲に対する思いやりが感じられなかったがゆえのことである。

矛盾克服も視野に
 そこで、「後の先」の前に「先の先」があることを思い出していただきたい。環境破壊や一極集中の克服をはかろうとするのならば、大地震を座して待っていてはいけないのである。悲しい犠牲が生まれないように、災害に強い国土や地域の創造に向けての挑戦を、今すぐにでも開始しなければならない。犠牲が前提ではない、それを防ぐための先手が求められているのである。
 地獄絵というのがある。地獄の恐ろしさを見せて、その苦難回避の道を探ろうとする仕掛けである。その仕掛けに対する正しい解答は、閻魔大名にワイロを贈って苦難をすり抜けることではない。地獄に落ちないように日ごろの過ちを正すことである。知事発言をめぐる物議も復興のあり方をめぐる論議も、今の社会の矛盾を直ちに克服する取り組みにつながるようにしなければならない。

神戸新聞 2008年11月29日 針路21 より

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